はきだめ

本と雑感と散文と百合

必然来たる救い - 乙一『失はれる物語』

昔から特定の作家に固執して本を選ぶということは(続きモノは除いて)あまりしてこなかった
それゆえ、作者の思想理念や文体にはあまり関知せず、タイトルと表紙、それから概要を流し読み興味をそそられるか否かで読むに足るかを決めていた
だが、それではどうしても選択に限界や偏りが生まれる上に、自分にとって合うかどうかすらもわからない博打になってしまう
そこで、ときたま僕はツイッターのタイムラインや誰かのブログに挙がった一冊を手に取るということをやる
この本も、そんな偶然が引き合わせた事例の一つとなっている



内容であるが、この本は8つの物語から成る短編集であり、どの話も(それこそ、この間のあの怪作のような)難解な内容ではけしてなく、小気味よくさっくりと読めるものだった
全編を通して共通の世界観があるというわけではなく、どの話もそれぞれ独立した設定と様相を呈している
だが、下は小学生上はリーマンまで老若男女の違いはあれど、すべての主人公たちには何かしらの悩み・絶望がある
肉体的・金銭的・精神的と各人によりその内容は様々だが、他人に対する不審や不安、周りと相容れない孤独というような問題が多かったように思われる
そしてそれは僕にとって身近に感じられる、いわゆる他人事とは思えない切実な問題だった

僕は生来あまり物を話すのが得意でない
世の中の様々なことに無頓着であるため話題が捻り出せないというのも一因だろうが、もっと根本的な問題として実時間処理で言葉を紡ぐこと、また他人の立場に立つことが苦手ということがある
それゆえ人と関わらねばと思いつつも、その試みはいつも芳しくない結果と後悔だけを残していく
本書に現れる主人公も、程度に差はあれど僕が十分共感できる性格と思考、生い立ちを持ち合わせていた
そんな彼らの存在は、僕にある種救われたような気持ちを抱かせてくれた
たとえ空想の世界であっても同様の辛苦を持った者がいるのだと、同族意識のようなものを覚えた

だが、彼らはあくまで小説の主人公だ
辛気臭い人間が辛気臭いままダラダラと起伏のない日常を送る物語を誰が面白いと思い、読みたいと思うだろう
彼らには、作者という上位存在により、必然的に変化が与えられる
この本に限り言えば、現実には到底起こり得ない、それこそ非科学的変化が彼らの日常に侵食する
そのように突如降って湧いた非現実に対し、主人公たちは戸惑いもささやかにすんなりと適合し、受け入れるに至る
そして、紆余曲折を経るにしろ変化は心を常に快方へ向かわせ、たどり着いた物語の最後、彼らはまるで生まれ変わったかのように清々と終わりを迎えるのだ
ハッピーとは限らなくても、グッドエンド
僕という人間には絶対に訪れない救いが、彼らには用意されている
その確固たる事実こそが、僕と彼らを隔てる崖だ

この僕という主人公の物語が、いずれ救いに達するという自信なんて毛頭ない
それでも一日というページは時間とともに捲られてしまうのだから、生きていくのは厳しいというんだ



僕はつらい気持ちになったけれど、普通の人なら面白く読めそうだと思います(小並感)